遊牧民族のパルティアを滅ぼしたのが農業に基礎を置くササン朝だよ!
イラン地域を押さえ交易で利益を得つつ、ローマ、インド、イスラームと三正面で戦いながら繁栄を続けた王朝だね!
※サクッとポイントを押さえたい人は↓をタップ
★この範囲のあらまし
この範囲は、ササン朝の興亡がテーマとなる。
ササン朝は226年~651年の間メソポタミアからインダス川にいたる領域を押さえ、東西交易によって繁栄した王朝である。西のローマ帝国、東のクシャーナ朝、北の遊牧民族、南のイスラーム王国と絶えず戦闘を繰り替えしながら、ローマ皇帝を捕虜にしたり、クシャーナ朝衰退のきっかけを作るなど強大な軍事力を誇っていた。
ササン朝を統治した主要な3人の王様の名前と、その王様の行った事柄を整理できればOK!
いろんな人の名前が出てくるので、じっくり取り組もう!
あ、ササン朝崩壊の理由もちゃんと押さえとこうね。
★この範囲で覚えること
<ササン朝の興亡>
ササン朝の興亡について覚えるべき事柄は、ササン朝を統治した主要な3人の王の行った事柄について、ササン朝崩壊の理由の2つについてである。
ササン朝の興亡について、覚えておくべき事柄を以下の2つの表にまとめた。
スクショポイント:ササン朝の主要な国王
名前 | 覚えるべき事柄 |
アルダシール一世 | ササン朝の建国者 クテシフォンに都を置く ゾロアスター教の国教化 |
シャープール一世 | 第二代皇帝 ローマ皇帝ウァレリアヌスを捕虜とする クシャーナ朝を破りインダス川流域に進出 |
ホスロー一世 | ササン朝最盛期の王 突厥と同盟を組みエフタルを撃退 東ローマ皇帝ユスティニアヌス帝に勝利する アヴェスターの編纂 |
※太字は覚えておくだけでよい
誰が何を行ったかをちゃんと言えるかが重要になってくるよ!
関わってくる国も増えてくるから何度も繰り返していこう!
Tips
スクショポイント:ササン朝の崩壊
滅ぼした勢力 | 指導者 | 戦い |
正統カリフ | ウマル | ニハーヴァンドの戦い |
※太字は覚えておくだけでよい
正統カリフについてはこの先に取り扱うから、今はとりあえず覚えるスタンスで!
以上が、<ササン朝の興亡>について覚えるべき事柄である。
★私大(March・関関同立・早慶上智ICU)対策のための用語
以下に、難関私大でのみ必要となる用語を掲載しておく。国公立受験者には不要なものなのでスキップしてよい。
<ササン朝の興亡>
エデッサの戦い…シャープール一世がウァレリアヌスを捕虜とした戦い。ユーフラテス川上流。
★学習確認Stepテスト
以下に、この範囲で暗記すべき事柄に関するミニテストを用意した。すべて暗唱できるようになるまで反復すれば、この範囲でもう学習することはない。
Step1:シュメール人の概要
ササン朝の主要な国王、アルダシール一世、シャープール一世、ホスロー一世について覚えておくべき事柄をそれぞれ答えよ。
Hint:アルダシール一世で3つ、シャープール一世で3つ、ホスロー一世で4つある。
Step2:アッカド人
ササン朝崩壊の理由となった正統カリフについて、当時の正統カリフの指導者とササン朝の崩壊が決定的となった戦闘の名前を答えよ。
★はっつんの編集後記
実はササン朝とローマ帝国の争いはイスラーム教成立の要因になっている。
ホスロー一世が東ローマ帝国との争いに明け暮れたため、イランとローマを結ぶ陸路は戦闘地域となったため通商が寸断されていた。そのため、東西交易をおこなう商人はこの地を避け、アラビア半島を経由した通商路を使用するようになる。
この通商路の経由地として利用されたのが商業都市メッカであり、このメッカに生まれたのがイスラーム教は創始者ムハンマドである。
というわけで、もしササン朝と東ローマ帝国との戦闘がすぐに終わっていればメッカが繁栄することもなく、ムハンマドも生まれず、イスラーム教は存在していなかったわけだ。
なんでこの項目を学ぶといいのか、がわかるとぐっと知識の定着が早まるよね。
興味がわいた人は資料集の地図を見て、当時の主要交通路をみるといいよ!
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